山田邦子のオーラ診断
いつも側にいてくれていたあの人。ほんの少し何かを感じていました。でも、結婚しようとこれっぽっちも思ってもいなかった。だけど何かを感じていた。冗談で。そう半分冗談で。いやもっと少ないかな。そして、こんなことを伝えたの。
どうぞ、このつづきをごゆっくりとご覧くださいませ。
プロフィール
生年月日 1960年6月13日
出生地 東京都板橋区
本 名 後藤邦子(旧姓 山田)
身 長 168センチ
血液型 B型
学 歴 川村短期大学卒
スピリチュアルチェック
〇 小さい頃なりたかった職業は何ですか?
「スパイです」
〇 コンプレックスを教えてください。
「出べそです」
〇 生まれ変わるとしたら何になりたいですか?
「お姫様です」
〇 運命を感じた事を教えてください。
「主人と出会ったことです」
〇 不思議な体験を教えてください。
「乳がんについてですね」
〇 人生の目標を教えてください。
「遊園地を作ることです」
なりたかった職業「スパイ」
山田が小さい頃なりたかった職業についてこう話し出します。
「私の子供の頃は、何故かスパイ映画やこの手のマンガ本等が私の周りにいつもありました。と言うのも家族のすべては大人ばかりで14人も。観ているテレビやマンガ本はスパイものばかりで、この環境の中におりましたので、当然のように将来はスパイになりたい。」
「これはもう洗脳ですね。性格はとっても明るく、はしゃいではいたのですがお喋りはあまりしませんでした。それも周りは大人ばかりでしたからね。そんな大人の機嫌ばっかり取っていました」
モノマネ
「学校の成績は良くすべて5です。それは、毎日のように周りの大人の方々が家庭教師役的な役割をしてくれていましたので、いつも勉強がスムーズに進んでいました。」
「そんな小学4年生の時のことです。教室でテレビに出てくる芸能人や先生のモノマネをしたところ、これがクラス中に受けに受けて大爆笑。この時のステージ名は”マッハ邦子”です。みんなの笑う顔が好きで、ここからは、勉強よりこっち系の方にウエイトを置くようになっていきました」
「出べそ」
このコンプレックスのことについて山田はこう話し出します。
「この出べそに気が付いたのは7歳の時でした。周りの友達らのへそと形が違うのを一人の同級生から指摘されたのが始まりです。」
「これには正直、悩みましたね。それも一人で20歳まで。公衆浴場やプールではひたすら隠すのに徹していました。ところがです。20歳を過ぎたら不思議と、この出べそが無くなってしまっていたのです。ラッキーと言うか。大喜びでした」
「半分半分」
この事に美輪が自身のコンプレックスについてこう言います。
「小さい頃からコンプレックスは一つもありませんでした。褒められるのが半分、そして、罵倒されるのが半分だったからです。」
「もし、悪いことばかりを言われていたら、耐えられていませんでした。これが、半分半分なら、自惚れなくても、ひがまないでも済むからです)
「霊」
つづけて江原がこのコンプレックスについてこう話し出します。
「私は常に霊が見えることがコンプレックスでした。正気を保つのが難しい時もありました。今でも現実との境が分からなくなる現実が起こるのです。」
「霊が突然現れ道路を横切るのです。これには、たまったもんじゃありません。なので、車の運転は決していたしません。この霊が見える話を誰に話しても理解する方はおりませんでした。色々な葛藤がありましたが私自身が受け止めるしかありませんでした」
「変」
そして、山田がこう言います。
「人は変と言いますが、この変が魅力だと思いますよ。普通の人はつまらない気がします。いつも思っている通りの回答、これではつまらない。でも、私は変な人たちの中では、割と普通だと思います」
この事を聞いた美輪がこのような事を話し出します。
「山田さんはまともで冷静な人だけに、逆のものに憧れる傾向があります。そして、常に自分の世界を考え、それを確立しています。」
「目の前の人と話しても、その次に自分が何を話すかを考えています。この性格は前世が影響しています」
運命を感じた「主人」
山田この事をこう語りはじめます。
「1999年の39歳の時です。夏には結婚しようと思い式場とドレスを決めていたのですが、肝心な結婚する相手がおりません。」
「私の側にいて、いつも仕事のサポートをしてくれていた一人の男性がおりましたが、特に結婚を意識したことは一度もありませんでした。」
「この彼の職業は番組の制作で、この会社の社長を務めていた後藤史郎です。この彼に半分冗談交じりで、半分は思いっきり本気でこう言いました。」
『式場とドレスも間に合うから元旦に結婚する?』
「すると、その回答がこうです」
『だったら、そうしようか。』
「そして私たち2人は、2000年1月1日0時0分に入籍します。」
それから7年後、山田はこのオーラの泉の番組の中で『これが運命でした』と語ります。
このパートナーのことについて美輪がこう言います。
「旦那さんは優しい人で凄いインテリ。そして教養も思いやりもある方です」
乳がん
この事について山田がこう話し出します。
「私が『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』に出演中の事でした。胸にしこりを発見します。これが、早期発見の乳がんだったのです。」
「おかげで早期治療をする事ができました。早期発見した事を医者に褒められ、乳がんのショックの事を忘れるぐらい嬉しかったようです」
ここで江原がこのような事を話し出します。
「精神世界を好きな人に手術を嫌う人がたくさんおります。体にメスを入れたくないのは理解できますが、スピリチュアルな事を逃避に使ってはいけません。」
「西洋医学も人類の業績です。病気に前向きに向かい対処し、残りの人生を生きなければいけません。私自身も手術を受けた事があります」
つづけて美輪がこう話し出します。
「昔の意識が残っていて、思い込みが多い方がいます。ガンは死ではありません。この事を理解しなければいけません。それとインチキな霊能者や宗教を信じ病院に行かない方がいますが、これはいけません。人事を尽くして天命を待つ、これが順当な線です」
前世
アジアの園にいた女性です。
とても辛辣で日本の大奥のようなところにいました。ここは生存競争が激しく、色々な確執があり平気で人の心を傷つける事もしていました。ここは人の念が多く取り巻いているところでした。
この前世の影響もあって山田はとっても優しい所があり純粋なのですが、自身でも怖くなるくらい人を押しのけ、嫌いな人は徹底的に嫌うところがあります。
この事に山田がこう返したのです。
「人を押しのけたりするのは、恐ろしいとは思いません。小学校の時です。同級生らに中庭に呼ばれこう言われました。」
『ここにいるみんなは、あなたの事が好きです。でも、あなたはみんなの事を好きじゃないでしょ』
だから私はこう返答しました。
『私はみんなの事が好きじゃない!』
「そう言ったら。そこにいたみんなが泣いてしまいました」
思いやり
この事を聞いた江原がこのような事を話し出します。
「人を押しのけたりする事を恐ろしいと思って欲しいです。中には心を傷つけられて苦しんでいる人もおります。思いやりが必要です。どんな人にも人間として心を掛ける必要があります。」
「何故なら、人は弱く寂しいだから群れを作ります。人に対し意地悪な事をするのは、その人が寂しいからです。今世に産まれてきたのは思いやりを学ぶためなのです」
つづけて美輪がこう言います。
「権謀術数(人を欺くための策略)の中で人は生きてきました。だから、自分を守るのは自分しかいないと思っています。人を冷静に観察することがあっても、心まで思いやること。この事が抜けています」
守護霊
この事について江原がこう話し出します。
「山田さんの横に赤い洋服を着た女の子がいますよ。それに、めそめそしたり、くよくよしたりしている山田さんも。」
「でも、人の心を思いめぐらす優しい部分も持ち備えていますので、そちらの部分を重視して生きていって欲しいです。」
「今日、山田さんが『オーラの泉』に出演なさったのは、過去との決別なのです。これから、いかに清らかになっていくかです」
この事に山田がこう言います。
「手術後、ぐっすりと眠っていました。これには医者も驚いていたようです。目覚めた後は、自分が生まれ変わった。そんな気が致しました。」
つながり
この事について美輪がこう話します。
「お化けが来た時は人間は眠くなります。眠りと霊的なものは常につながっています。山田さんに生霊を送っていた霊は、乳がんの手術前後に何かあり、幸せになったため、生霊を送るのが薄れてきたのです。」
「乳がんの報道で気が済んだ人もいることでしょう。これからは、泥仕合をつづけていかないこと。」
さらにこうつづけます。
波長の法則
「山田さんが本来持っている女性らしい部分だけで生きていき、清らかで優しい部分を常に拡大していく事です。」
「自らが清らかで優しければ、もし悪い念を送られてきても念返しで、その念がその本人に返るのです。良い出会いは自分の中の良い部分の導きになります。」
「そして、悪い出会いは反面教師、自分の中の悪い部分の鏡です。この事を波長の法則(類は友を呼ぶ)と言います。」
「悪い人には、自分を向上させてくれてありがとう、と、感謝で思うこと。憎しみが悪いものを引き寄せたら損をするのは自分だからです。悪い人にはカルマの法則(自らまいた種は自ら刈り取る)で自分に返ります。自分から悪い種をまく必要はありません。」
旦那
そして江原が守護霊のメッセージをこう伝えます。
「今が夫婦関係の大きな要になります。女性として謙虚さを持たなければいけません、今こそ心を改めなさい。乳がんを患ったのは、あなたは女性。この事に気付いてほしかった。」
「災いではなく転機です。本当に人間関係が嫌なら、一人で外国へでも行き生きていけばいい。そうしないのは、自分の本心があるからです。このことに早く気が付いて家庭を大事にすること。」
心がけ
ここで山田がこう言います。
「これからもずっと今の旦那ままなのでしょうか?」
この事に江原がこう言います。
「今が大変な時にきています。旦那にケチつけて自分で壊してしまうことがあります。二人はとても良い間柄なのに、何故か、本音とは反対のことをしようとします。別れる別れないは二人の心がけ次第です。」
「宿命は将来設計、運命は設計変更が可能です。賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶのです。失って自分が馬鹿だったという学びもあります。」
「しかし、理解すれば歴史によって学ぶこともできます。結婚は現実、恋愛は夢です。現実を手に入れたなら、それに則した生き方をしなければいけません。根底にあるのは、常に感謝することなのです。」
現在
全盛期レギュラー番組14本を抱える超売れっ子の女芸人でした。しかし、1990年代後半以降からテレビ等の露出が減り、テレビから干されたような状態になっていた。
この原因を探ってみたところ。
2010年にアニバーサリーパーティーを開催「50歳、芸能生活30年、結婚10年のお祝い」
離婚の噂がありましたが、とんでもない現在も二人は仲睦まじく暮らしていました。今はただ単に別の世界を楽しんでいるだけのようです。
襲名
2019年4月27日、長唄杵勝会の名取として歌舞伎座の舞台に長唄の師匠・枡屋勝之弥と立ち「杵屋勝之邦」の名を襲名した。
2019年6月30日、長らく所属していた太田プロダクションを退社しフリーとなる。
所属
2020年1月20日、アスリート・マーケティング株式会社に所属する。ここの会社はスポーツ選手のマネージメントを専門としている。
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