三谷幸喜のオーラ診断 (後編)
嫁と前世
三谷が江原にこう尋ねます。
「亡父が母親をどう思っていたのかを教えていただきませんでしょうか。」
この事に江原はこう答えます。
「不思議な夫婦でした。お父さんは風変わりな人で、自分が結婚するとは思ってもみなかったようです。なので、結婚して家庭を持つなんて驚くような出来事だったようです。」
さらにこう続けます。
「そして、母親も豪胆で根性の座った人です。苦しくても貧乏を楽しむような風変わりなところがあり、似たもの夫婦でしたよ。」
前世でも縁
つづけて江原がこう言います。
「そんなところが三谷の嫁(小林聡美)に似ています。」
この事について三谷がこう言います。
「一生結婚しないと思っていました。自分と結婚したいと思う女性が現れると思ってなかったので、このチャンスを逃したらダメだと思って結婚しました」
これを聞いた江原がこのようなことを言います。
「三谷幸喜さんと嫁の小林聡美さんのご夫婦は、実は前世でも結びつきがありました。そして、三谷さんは前世で嫁に助けてもらったことがあります。」
「前世の作曲家時代にも夫婦で、2人で駆け落ちした結果、嫁は実家から勘当されてしまいます。前世の夫に対するその思いが、今世に現れ愛し愛されているのですよ。」
嫁の寂しさとトラウマ
嫁の小林は三谷が帰宅すると何があったのか根掘り葉掘り尋ねてきます。
その訳はこうです。
嫁は今生の家庭に、寂しさのトラウマがあり、いつもどこか癒してほしいとの思いが心の中に潜んでいるのです。
そして、基本的に一人で悩み考える人。
甘えたい時があっても表面的には一切、態度に出さないようにしていたのです。
そのため、三谷はいつも心のメッセージを気づいてあげる必要がありました。
嫁との助け合い
三谷自身はいつも自分を過小評価しているため、自分がモテるなんて思ってもいませんでした。かといって自信過剰で天狗になると、自身を操作できなくなるところもありました。
この事を嫁は心配して根掘り葉掘り聞くようです。三谷家では、夫婦の食事の時間帯が仕事の関係でいつも合いません。そのため、いつも一人で食べることが多いのです。
これに対し美輪がこうアドバイスを送ります。
「きちんと向かい合って食事するといい。一緒に食べて欲しいに決まっていますよ。」
江原は嫁の小林の抱える悩みについて言います。
「嫁としてより役者としての悩みのウェイトが大きいのですが、自分でその分析が上手に出来ておりません。お互い同士が助けあっていかなければなりません。」
番組終了直前に、三谷幸喜はこう言います。
「番組が終わったらすぐに妻に電話しようと思います。」
小林聡美の出会いと結婚
1988年10月11日、ドラマ「やっぱり猫が好き」脚本家 三谷幸喜、主演女優 小林聡美での出会いが切っ掛けでした。
そして、7年後の1995年10月、三谷と小林は電撃的な結婚を発表します。
記者が「どんな家庭にしたいですか?」との問い掛けに。
三谷はこう答えます。
「友達が寄り付かない家庭にしたいね」
嫁の小林聡美は、隣で黙ってうなずいていました。
2人は仲睦まじく過ごし業界内では、
「おしどり夫婦」と呼ばれておりましたが・・・
三谷幸喜と小林聡美が離婚
2011年5月23日、マスコミ各社に向け二人は、次のような内容のファックスを送信します。
「これといったはっきりとした理由があるわけではありません。ただ長く生活を共にしている間に、考え方や価値観の小さな違いが積み重なり、それがどんどん大きくなってしまったようです。」
きっと、前世での寂しいトラウマ、これが積もり積もったのでしょうね。
もし、子供でも居れば、そう思ってしまいました。
三谷幸喜が元女優yumaと再婚
2013年7月、元女優のyumaと再婚。年齢差はなんと19歳。
元嫁の小林聡美と復縁を望んでいったようですが、
お腹の中に第一子が宿っている事を知ります。
そして、2014年6月、三谷が52歳の時の時です。
第一子となるに男児が誕生いたしました。
日本のマンボ発祥の地と知られる東宝ダンスホール
ここのホールで最初にマンボを踊り、そしてレッスンしてあげた美少年がおります。
あなたのよくご存じの方ですよ。
日本で最初にマンボを踊った美少年がおります。
きっと、あなたの知っている方ですよ。
東宝ダンスホール 銀座オーラ散歩